卒業式の日の最後のホームルーム

3月1日は、私の住んでいる県立高校では卒業式が行われることになっている。

私は何度か3年生の担任を経験したのだが、その度に大変緊張したものだ。

生徒数が多いと、校長が生徒一人ひとりに卒業証書を渡すだけでかなりの時間がかかってしまうため、担任は生徒の名前を呼名し、代表が一人壇上に登りクラス全員の卒業証書を受け取るのが普通のスタイルである。

各クラスの様子が良く分かる瞬間でもある。

大きな声で「はい」と返事が出来るクラスもあれば、聞き取れないような返事が続くクラスもある。

私は呼名の際、名票の拡大したものを一人でも飛ばしてしまうと大変なことになってしまうので、呼名し「はい」と聞こえたら顔をその生徒に向け確認し、次の生徒へ向かうというスタイルで行っていた。

当然のことながら、声が聞こえないと次にいけない場合がある。私はクラスの生徒たちに声が聞こえない場合は次に進めないので、必ず私に聞こえるように返事をして欲しいと頼んだものだ。年に数回担任として生徒たちに頼むことがあるが、卒業式の呼名は高校生活の集大成というものであり、それはただ「はい」という短い言葉で表すことの重要性を生徒たちに伝えたものだ。

遠い昔のことに思えるが、3月1日の日はそうゆう思い出が詰まっている。

喘息の症状が出て咳が止まらず、咳止めの薬を一気に飲んでしのいだこともある。

担任に加えて、学年主任としての挨拶をしたこともあった。

卒業式が3月1日であるが、生徒たちの大半は進路が決まっていないため、国公立の前期の発表の3月7、8日まではもしもの場合に備えて登校し授業が待ち受けている。前期試験の発表後は生徒の数はがくんと落ちて3年生は閑散となるのだが、今度は後期に向けての指導が、進路が決まるまで行われていた。今はそうではないかもしれないのだが、都会では考えられないことであろう。九州の田舎ではそういった指導がなされている。

卒業式が終わると、皆自分のクラスに戻り最後になるかもしれないロングホームルームが行われる。教室の後ろには、着飾ったご父兄たちが所狭しと立ち並び、録画しておられる方もおられて緊張するのは担任ばかりではないのだが、ハレの日にふさわしいホームルームだったと思う。廊下の窓を外し、廊下側からも見られるようにしたものだ。

そこで、担任は一人ひとりクラスの前で生徒に卒業証書を手渡すという訳だ。

その時、感謝の言葉を言うように前もって知らせていたので、生徒たちは思いをそれぞれの言葉で語った。

時には、涙を流しながら、時には20分以上かけて思いを語る生徒もいた。

最後に、担任の言葉で締めくくることになるが、私が言うことは毎回同じだった。

「私の今日の姿をよく見てください。これは礼服と言います。おめでたい時、例えば結婚式の日に着るものです。ネクタイは白です。しかしこのネクタイを黒にしたらどうなるのでしょう。喪服となるのです。人が亡くなった時にも着る服です。ハレとケという言葉は知らないかもしれませんが、日本の文化は上手くできていますね。この白いネクタイをしている私が、黒いネクタイに替えてあなたたちのお葬式に出ることは決してしたくありません。過去に、卒業して数か月後には黒いネクタイをしてお葬式に参加したことがあります。これだけは絶対避けてください。これから、車やバイクの免許を取る人も多いと思います。毎年のように亡くなったという知らせを実は聞いています。くれぐれも健康に留意して絶対に、ここにおられるご父兄の方、そして私の前に死んではいけません。これが私からの最後のお願いです。」

「そして、最後に明日の連絡です。進路が決まった人は今日で最後ですね。もうその制服を着ることはないでしょう。まだ、進路が決まっていない人は、8時30分登校です。遅刻しないように。」

「それでは、終わりましょう。号令。」

委員長の規律という声で皆が立ち上がり、さようならといつもように言い、最後のホームルームは終わるのである。

いつもと同じように終わるのだが、この日はいつも違うのは明らかだ。

みんな、元気にしているだろうか。

皆さんの健康とご多幸を遠くから祈るばかりです。

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竹 慎一郎

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