Ridind in the Rain

東京での手段は、いつの間にか電車から自転車に変わった。

池袋まで電車で10分、自転車でも10分。

中古のドロップハンドルの自転車を近所の自転車屋さんで1万5千円で買った。

私にしてみれば大きな買い物だったが、これで電車賃を心配することは、最小限になった。

1時間位で都心までゆうに行けることが分かり、東京の道路を車の渋滞をしり目に

走るのは私の性格に合っていた。

買った当初は往復13時間以上かけて、神奈川県の名所と言われる所までも行ったことがある。

当然のことであるがパンクも付き物だったのだが、パンク修理代も勿体なかったので、

自分でパンクの修理は苦労しながらも良く行ったものだ。

買って2,3年経って自転車屋さんに修理を頼んだ時には、

自転車屋さんから良く丁寧に使われていますねと褒められたのを良く記憶している。

あまりにも遠出をしなければならない時には、途中の駅まで自転車で行き、そこから電車に乗って

少しでも交通費を浮かせたものだ。

東京の街は不思議なことも多い。

やたらと坂道が続く道。

皇居付近では何故だかよく分からないが道に迷った。

皇居を中心に東京が広がっているように思えた。

自転車に乗りながら、Shakespeare の台詞を練習したり、論文のアイデアが不思議と出て来たりして

自転車には大いに助けられた。

困るのは雨。

カッパを来て自転車に乗るのは苦痛であったが、当時は傘を差しながら乗っても

警察はうるさくはなかったと思う。今では、傘をさして自転車に乗ると捕まるかもしれない。

板橋区にある図書館の帰り、雨が降り出した。

花屋さんの軒下でずっと雨が小降りになるのを待った。

何時間も待ったことがある。小さな軒の下で雨をしのぎながらこれからどうなっていくのだろうと思いながら、小降りになってもなかなか新たに出発することがためらわれた。涙が出そうになった。向かいの花屋さんが私の近くに来て、声をかけてくれた。大変ね!もう小降りになったかしら。私はその言葉によってやっと現実に引き戻されもう行かなければ返って怪しまれると思い濡れながら涙が止まらずアパートへ向かった。

あの自転車は、東京を離れる時、高円寺の自転車置き場に置いて故郷へと向かった。多分また再利用されて他の人が乗ってくれるかもしれないと思いながら。

今でも自転車には乗るが、もうあの時みたいに遠出はできない。

神奈川まで行った帰り、当時思いを寄せていた同級生の女の子に公衆電話から思い切ってかけてみた。彼女は私の無謀なる行動に驚いた様子であったが、あの時の電話の声は優しそうに思えた。それだけでも十分に生きる価値はあると思っていた。戻らない過去ことを振り返っても仕方がないことではあるが、そんな小さなことがその時は私にとって大きなことであった。そんな小さな些細に思えることだけで生きていけた。

もう、あの時は返っては来ない。

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竹 慎一郎

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