小説の体を失った真実の小説

大学に入り、1年間は何も勉強をしないで遊びほうけていた。

受験勉強の反動からか、あるいは九州の田舎者が東京に来て物珍しさに魅かれたのか

1年生の時は勉強を意識的に辞めていた。元々、英米文学に入るつもりもなかった。

フランス文学やロシア文学の方が自分には向いていると感じて、

また、国文でもいいと思っていた。英語を学ぶとそれで一生食べていけると

説得され、文学部文学科英米文学専攻に入ることになる。

それゆえ、出来もしない英語に対して、英語が得意で入ってきている友達に引け目を

感じ英語力のなさを思い知らされながら、他の学科に編入できないかと真剣に

考えていた。第1に英米文学は嫌いだった。シェイクピアくらいしか読んだことはなく、

その時はシェイクスピアでさえあまりピンとこなかった。4大悲劇はすごいとは思っては

いたのだが、シェイクピアに傾倒するまでには至ってはいなかった。

後に、シェイクピアの研究を始めることになったのは皮肉な話であるが。

英米文学の面白さを感じることも出来ず、また、英語そのものには更に苦手意識がぬぐいさることは

出来ないでいた。大学には友達と遊ぶために行った。

必然的に成績は良くも悪くもなく、成績は、優良可、不可の4段階で評価されていたが、

かやまゆうぞう(可が多くて、優は3つということ)に近かった。不可で落とした科目もあったが、良やま優ぞう(良が多くて優は3つ)だったと記憶している。

2年生になると少しずつ専門教科が増えてくるが、イギリスのソネットを授業で扱われても私の心には刺さることは感じられずにいた。

しかし、ここで一人の作家が登場することになる。

William Faulkner である。ますます意味が分からならなくなり、これは小説なのかと感じられずにはいられなかった。読み終えても、意味が分からないのである。読んだ意味がないではないのか。そんなことを感じていたが、鈴木益男先生の人柄には魅かれて行った。お体が悪く歩くのも心もとない40代であろうその先生の飾りけのない生き方には魅かれるものがあった。大学時代は先生の命が長く生きられない体であるとは全く知らなかったのであるが、その落ち着いたいつも穏やかな風情は人を穏やかにさせるものがあったと感じた。私たちは親しみを込めて益男先生と呼んでいた。私は失礼にも一度、益男先生のご自宅のマンションにも遊びに行ったこともある。マンションというよりはアパートに近いと感じたが、2カ所借りておられるようで、一つは家族用、もう一つは研究用となっていると思う。きれいな奥様が迎えてくれた。障子はびりびりに破れていたのには驚いたが、小さなお子さんがおられたようだった。先生の勉強部屋に入ると、机の後ろに一升瓶が置かれており、先生は疲れたら吞むのだと言われ、先生の別な一面を知らされた。先生の研究は、Faulknerだった。先生になぜFaulknerが好きなのですか、と聞こうとしたがそれはできなかった。何かしら重要なものが感じられたからだ。

益男先生の先生が、須山静雄先生須山静夫 – Wikipediaである。若い頃、ある文学賞を取られていることは学生の間では有名な話だったが、その風情は、骨太で研究者というよりは、肉体労働者のようであり、言葉遣いもきれいなものとは言えなかった。沢山の翻訳書を出版されており、アメリカ文学の重鎮と言われていたのはみんな知っていた。その須山先生は、奥様を病気で失い、ご長男も交通事故で亡くされており、須山先生には深い悲しみがあったが故の厳しさがあったのではないかと思う。

あのFaulknerのAbsalom, Absalom! の訳者でもある。子どもを亡くした父の叫びは、須山先生の人生そのものであり、軽はずみにでもFaulknerが研究したいなどということはできないでいた。

須山先生も益男先生も、Faulknerに魅かれていくのが次第に分かるようになってきた。

Faulknerはウイスキーを手放すことはなく、いつも酔っぱらっていたらしいが、その小説は難解で読み進めるのに大変な苦労を感じた。

卒業論文はユダヤ系の作家を扱った。Faulknerは、まだ100年早いと言われそうであり、まだ本格的に読んで分かるには時期早々だと感じたからだ。しかし、いつかはFaulknerに向かい合いたいと感じるようになっていった。そこに書かれていたものは、人間の赤裸々な姿であり、生と死が対峙していた。Faulknerは、よく後ろ向きの作家だと言われる。大学に残って研究したいと感じるようになってきたが、2度大学院の試験に落ちたため、研究の場所は変わっていかざるを得なかった。

私は大学を変わり、須山先生に怒鳴られることも、益男先生に癒されることもなくなってしまったが、英語青年という雑誌で須山先生の死を知った。晩年に書かれた小説は未だに読んでいないのだが、その書評に「小説の体をもはやなしていない。」と書かれているのを読んで、ますます須山先生の思いがその小説に書かれているのだと感じざるを得なかった。今では絶版になっており、アマゾンで5000円位で売られて手に入らないこともないのだが、買う勇気が未だにない。

英語を読むことの難しさをお二人の先生から学んだ。

今の、共通テストなどはまだ基礎の基礎である。

これから、もしFaulknerの研究をする人がいたら言いたい。

難解かもしれない、意味が良く分からないかもしれない。

しかし、アメリカ文学にはなくてはならない人物であろう。

10代の頃に、太宰治の「人間失格」を読み、そこから本という呪縛の世界にのめりこむことになるのだが、

再度読み返してみると、まさに小説の体をなしていないと感じざるを得なかった。

なぜだろう。あの時は夢中で読んだのだが。

読む時期によって書かれている内容は人様々に変わっていくのだろうが、

小説の体をなしていない

というのは、まさに小説そのもの、言葉を変えて言えば、人間そのものだと思う。

須山先生

益男先生

から英語に向き合い葛藤しながら読んでいく姿勢を学んだ。

その戦いは凄まじい戦いのである。

小説家はその何倍も命をかけて書いている小説に向き合うのであれば、

それ相当の覚悟が必要なのである。

英米文学の研究は紆余曲折を経ながら進んできた。

今は、研究の世界から身をひいてしまったのであるが、その精神は消えることはないと思う。

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竹 慎一郎

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