ある生徒が英語のテキストを抱え,解釈がわからないと質問に来た。内容は次のようだったと思う。
主人公である語り手が,幼い時,なかなか決断出来ない問題に直面し,身動きが取れない状態に追い込まれ,そこで母を頼ってどうしたらよいかと質問する。母の返答はいつも同じであり,Your heart knows, honey. Your heart knows.と答えるばかりである。しかし,当の本人には母の言っている意味がわからず,この場でアドバイスが欲しいと母に詰め寄る。しかし,母は微笑んで先の言葉を繰り返すばかりである。私の心は何も話しはしない,と口をとんがらせて,母に聞き返すのだが,母は,Learn to listen.と答え,それ以上は答えず微笑むばかりである。
容易な英文で書かれていたので,訳出はさほど難しくはなかったのではないかと思われるが,逐語的に,その書かれた文字通りに解釈してしまったため,質問を聞きに来た彼には「あなたの心は知っている」と言われても理解することが出来なかったのであろう。
私は心が既に知っているのか,あるいは知らないのか分からないが,心が全てを知っていると思い,沈思すると,不思議と次なる展開が見えて来た経験がいくつかある。
「私たちは自分自身の選択をしなければならない。その時に聞くことが必要である。あなたの心は知っているのだ。」という文でこの文章は締めくくられている。
ただ単なる英文解釈のための文章にすぎないのかもしれないが,私はこの作者に共感し,心を落ち着かせたかつて読んだ本の様々なシーンを思い出し,そして再び手に取り読みたいという衝動にかられたほどであった。
しかし同時に,心の声が久しく聞こえない,いや聴こうともしない自分自身に対して激しく突き刺さる言葉でもあった。
心の声はたくさん聞こえて来るかも知れないが,静かにその声に耳を傾けると,奥底から聞こえて来る声がある。自分自身に正面から向き合い,対峙した時にその声は静かに聞こえて来る。
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