翻訳の考え方 日本語と英語の基本的な違い

言語を他の言語に置き換えることを翻訳というが、翻訳の基本的な考えを述べていきたい。

ここでは私が日本人なので、日本語と英語の関係について主に述べたいと思う。

日本語と英語は、全く構造が異なるので完全に翻訳をすることは不可能に思えるのであるが、どうやったら上手い翻訳ができるのだろうか。考えなければならないことは、日本語と英語の構造、音韻、そして根底にある宗教であろう。

構造

日本語は、まず初めに主語が来るのは英語と同じであるが、英語と違って動詞は文の最後にやって来る。それゆえ、日本人が日本語を用いる場合と、英語を用いる場合とではそもそも考え方が異なることが分かる。思考方法が異なるので、それを生かすのは試練のわざだと思う。英語を日本語に訳す時には、どうしても動詞を最後に付けなければならないので、もうその段階で、英語の思考とのずれが生じてしまうのは当然だと思われる。英語の語順に沿って訳す必要がある。つまり返り読みをせずに日本語に出来る方法はないのかと考えなければならない。

構造自体異なるのだから、英語のピリオドやコンマ、日本語の句読点は従う必要はないと言える。英語が1文からなるので、日本語も1文にしなければならないという決まりは捨ててしまおう。英語を訳すと当然のことながら、英語よりも日本語の方が長くなる傾向なのはそのためだろう。従って、例えば、英語の1文が長い場合は、日本語に訳すと、1文には収まり切れなくとも良いのである。英語の1文が、日本語だと3文になる場合ももちろんあるのである。英語が1文だから、日本語も1文で訳さなければならないという考えは捨てなければならないと思う。

次の、音韻と関連するのであるが、日本語と英語には自然と身についている言葉の性格も考えなければならないであろう。日本語は、俳句や短歌の言葉の長さがある。いわゆる、5・7調、7・7調である。この単語の組み合わせは日本人にとって無意識のうちに定型となっている。5+7=12、12音節。7+7=14、14音節。この組み合わせが日本人にとっては良い組み合わせである。俳句は、575が一つの固まりなので、17音節。短歌になると、57577が一つの固まりなので、31音節となるが、短歌の場合は、31音節一気に息継ぎなしに言うのは不可能であろうから、575の12音節、あるいは、77の14音節がちょうどよい長さである。日本語には強弱は基本的にない。

音韻

日本語の単語からなる定型は、12音節、あるいは14音節と述べたが英語の定型はどうだろう。英語の場合は、この単語の長さに、強弱が加わることが日本語と大きく異なっている。

英語の定型は、弱強/弱強/弱強/弱強/弱強 が1文となる。つまり10音節になる。日本語の定型の方が若干長いという訳である。日本語には弱強のリズムはないが、日本人の一息は英語のネイティブよりも長いということが分かる。

この、弱強の5つのリズムが、日本語の俳句や短歌のリズムと相応するという訳である。

シェイクスピアの作品は、全てこの弱強の5つのリズムから成り立っている。もちろん弱と強がひっくり返ることもある。また、リズムが崩れることもあるのだが、それは1文1文読んで行けば分かることである。

このように、日本語と英語の定型が違うのは、翻訳する時に考えて置かなければならないことであるが、定型文の翻訳がいかに難しいかお分かりになったと思う。

散文においても、韻文が混じることもあるのでこの構造と音には特に注意しなければならないと思う。

その溝を埋めるのが翻訳家の仕事になるだろうが、考えただけでも一筋縄ではないことが分かると思う。

宗教

日本人の宗教は、仏教か無信仰であろうが、英語のネイティブの場合は、キリスト教であろう。この宗教間の違いも頭に置いておかなければならない。無意識の中に宿っている、この宗教観が文章の中に反映していることも大切なことだと思う。旧約聖書と新約聖書では神の存在は全く違う。一言で分かりやすく言えば、誤解があるかもしれないが、旧約聖書の神は怖い。それに対して、新約聖書の神(キリスト)は優しい。英語のネイティブの知識人は旧約聖書の大きな存在の神に救いを求める人が多いと読んだこともあるが確かではない。

機械翻訳の力は最近目覚ましいものがあるが、構造・音・宗教のことを頭に置いて、訳していくのがまず基本中の基本だと思う。

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竹 慎一郎

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