希望という名の幻想

物事には何かしらの原因がありそしてそれが元で結果につながる場合が非常に多い気がする。

健康診断の時、身内にがんの人がいるのか問診票に書かされると、がんは遺伝するのかと思われる。

私の父はがんにも脳梗塞にもなったが、結局は肺炎をこじらせて亡くなっつた。

母も認知症で私のことを人前で夫です、ということもあったが眠るように逝った。

母の家計の方ががんで亡くなった親戚が多いのだが、母はがんに侵されることはなかった。

病気のことを申告する際に、3親等までの病歴を求められたことがある。

私はこの病気も遺伝の対象として片づけられるのかと不信感を抱いたが、私の病気にかかった親戚は見当たらず、子供に遺伝してしまうのではないかと心配になった。

私のこの病気には明らかな原因がある。その結果病気になったのは疑いないと思うが、決してそれを認めてはいけないらしい。

寝る前に、4つの眠剤と一つの抗うつ剤を飲んでもう何年経ったのだろう。

一向に良くなることはない。

うたた寝ということが全く出来なくなった。

一度起きると、薬の力を借りないと眠れない。

退屈な話や本など眠気を誘うはずなのに、またよく眠れずにもっと寝たいという気持ちはあるのにも関わらず眠ることはできない。

この病気になりたての時はそうではなかった。

お昼間に1時間間くらい眠ることができて体の疲れは大分楽になったものだ。

うたた寝が出来ないこと自体は大したことではないように見えるかもしれないが、私の体が少しずつ壊れていくのが分かる。

この病気は、数か月で良くなる場合も多いのだが私の場合はもう10年くらい続いている。

このような体になり、外に出かけることもそう簡単に出来なくなるともう何のために生きているのか分からなくなる。

真剣に安楽死の出来る国への診断書を書いてもらおうと思ったほどだが、そうすることはできずにいる。

リフレックスという名前の抗うつ剤は副作用も少なく今も良く使われている薬であるが、この薬は眠気を誘うので眠剤と一緒に処方されることが多い。

私は、この薬を飲んで眠ると朝起きることが出来なくなった。

まだ、この病気になって日が浅い時のこと。朝起きれず仕事に行けなくなる日が多くなり休みがちになった薬であるが、今は耐性が出来たのだろうが起きれないことはない。

数か月に数回だが波が襲って来る。

波が襲って来ると何も出来なくなる。布団で横になること以外には。

食べることも出来ない。水を少し含ませ、布団の中で眠ることも出来ずにじっと時が過ぎるのを待つしかない。いつ襲って来るかは分からないが、襲ってきそうな時は分かるようになった。

精神的なストレスが大きい場合その反動で体が動けなくなることが多い。やわな体だと思う。

そのため、ストレスをためずに生きていくように心がけてはいる。

しかし、この病気の原因が何なのかということは自分では分かっているが、それが認められずにいることは最大のストレスである。復讐心のかたまりとなるが、病気の症状がひどいと生きるだけで精一杯で復讐のことも考えられなくなるほどだ。

眠ったら眠ったで浅い眠りが続くので、過去を振り返った夢ばかり見て嫌な気持ちで目が覚める毎日だ。こんな日はいつまで続くのだろうか。死ぬまで続くのだろうか。

後、1週間位で薬がきれる。

来週の木曜日の午後には病院に行き、薬を貰わなければならない。薬は28日分しか出ないのだが、月に1回は外出を余儀なくされるが、よく言えば運動になるので病院に行くこと自体は苦痛ではないのだが。

この病気は外的要因が大きい病気だと思う。

その要因は病気を発症しても解決していないので治らないのかもしれない。

主治医はそう言ってくれた。私の気持ちは見透かされているようだが、私の理解者はいないに等しいので唯一の救いである。そして、処方される薬があれば今の所は生きていけるようだ。

しかし、このような状態で何もできないのかもしれないが、人生の逆転劇を夢見ることはできる。

復讐は終わることはないかもしれないが、希望の光はまだ消えはしない。

このような状態で希望という言葉もおかしいかもしれないのだが、絶望の淵にまで追い込まれると何故だか分からないが希望が現れれてくる。

希望は小さい玉のようなものかもしれないのだが、まだその希望は消えさることはない。

幻想なのかもしれないのだけれども。

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竹 慎一郎

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