雪を見たという経験は無きに等しい。
風の強い寒い日に、白い粉雪が舞う程度だ。
上京し一人暮らしが始まるのだが、それから13年に及ぶ東京生活の中で、度々雪を見る機会があった。
舗装道路に積もった雪の上を歩くのは、初めての経験だった。
1度長野にスキーに行った時には、舗装道路が凍って歩くのも大変だったが、
東京での雪はそこまで大変ではなく、うっすらと積もる程度であった。
4月の初めの寒い日のこと。
大学4年生の私はついに好きだった彼女と待ち合わせることができた。
彼女の誕生日は、私の誕生日の翌日という偶然性もあったのだが、
その日の夕方誕生日のプレゼントを贈った。
5000円位の小さな置き時計。確か丸井で買ったと思う。
彼女は受け取りはしたが、もう付き合うのは止めたいと言った。
帰りのバスの中で涙がこぼれ落ちて来て、前に座っていた
大学生風の男は、何が起こったのだろうと不思議そうに見ていたが、
私は自分の気持ちを抑えることはできなかった。
その後は電話も次第になくなり、もう私の中では諦めるしかないと思っていた。
大学院の勉強も忙しかったので、彼女が何をしているのかは気になってはいたが、もう聞き出すことすらできなくなっていた。
そして、4月の私の誕生日、つまり彼女の誕生日の前日、
午前2時位に電話が鳴った。
誰だろうと思ったが、もしかしたらと瞬間的に思い、飛び起きて電話に出た。
もしもし、私は繰り返した。
相手は何も言わず無言のままだった。
電話は切れてしまったが、その翌日彼女の所に思い切って電話してみた。
お誕生日おめでとうと言えればいいと思った。
電話は通じなかった。
おかけになった電話番号は現在使われていません。
繰り返し繰り返し無機質な声を聞き、昨日の電話はもしかしたら、
最後の別れの電話だったのではないかと思った。
もちろん、それは分からない。
もう、彼女とは2度と声を聞くことも会うこともできないと感じた。
今でさえ冬から春にかけて暖かくなるはずなのに、4月の初めの寒い日のあの電話を思い出す。
今年も寒い冬が来た。
そして、冬も終わるだろう。
4月に誕生日を迎える彼女のことを思い出される。
もう一度会いたいと思う。
もう一度声を聞きたいと思う。
あれから30年以上の年月が過ぎて行った。
今は、彼女の無事を祈るしかできない。
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