友達という名の幻想

小学生の頃、私の家の前が川だったこともあり、数名の遊び友達とミミズをお小遣いを出し合って買い、釣りをしたことがあった。

その時の釣りは、小さな浮きをつけて、ミミズをつけて釣るやり方だったのだが、小さなハゼやフナはよく釣れたものだった。

よく要領の悪い友達が、足を滑らせ川に落ちてびしょ濡れになったりするような事件もあり面白かった思い出となっている。

私は、皆よりも良い竿を買ってもらったのだが、全然釣れずに、竿に負けていると揶揄されたこともあった。

一度はボラの大群が襲って来て、針を投げ込んで引っかけて釣るやり方で、大きなボラがどんどん釣れたことには興奮したものだった。

また、堤防の先には、河口があり休みの日に海まで自転車で行って釣りをしたこともあったが、小さな魚ばかりだったが皆と一種につまらない話をしながら釣りをするのはそれだけで楽しかった。

釣った魚は食べることはできないと思われたので全て逃がした。一度は、海で釣ってきた魚を焼いて、飼っていた犬に食べさせようとしたが一口も食べなかったのでやはり食べられるものではなかったのだろう。

それから、30年が経過し、また釣りをしてみようかと思いだした。

転勤先が、海の近くにあり、その町に引っ越してきたからだ。車で10分くらい走らせると海を臨むことができて、釣り場としても有名だった。

小学生の頃の経験だけでは無理なことは分かってはいたが、釣り具を一通りそろえて漁港に一人で釣りに行くことから始めた。小さなあじや名前が分からない魚は素人でも釣れたので面白くなってきた。キスも良く釣れた。浮きを使わずに重りをつけて釣る、いわゆる、ぶっこみ釣りというものだったが、自分で釣った魚を焼いて食べるのは本当においしかった。ルアーを使い、たちうおが釣れた時には自分でもびっくりしたものだ。あのキラキラした長い魚には食べる所は少ないように思われたが、刺し身にして食べたのは忘れられない。

その新しい勤務先の学校では魚釣りの名人が沢山いた。

私よりも10歳は年下の学年主任の彼に魚釣りの話を良く聞いていたので、手ほどきを受けることになった。釣り場も教えて貰った。小さな川が海と交わる河口で穴場だと言われ、休日になると朝早く起きてそこまで通う日も多くなった。勤務が早く終わると、暗くなるまでその場に行くこともあった。そこでもぶっこみ釣りだった。仕掛けは単純だったので、小学生の時の経験もあったので、次第に慣れれて行ったものだ。40センチオーバーのちぬやうなぎも釣れて自分でさばくまでになっていた。

釣りを独りでしているとその学年主任の先生が現れる。

また、私がそこに行くとすでに学年主任の先生が先に釣りをしていたこともあった。

よく話をした。

目は竿の先に注意を払ってはいたが、職場で起こったこと等は隠さず話すような関係になっていった。

若い学年主任だったので悩みも大きかったのだろう。そのような話も釣りをしながら話したものだった。

そこでの釣りも1年足らずで終わった。

2人とも異動になったからだ。

私は彼のことを信じていた。

いくら年下の立場上は上の学年主任だったとしても。

釣りをしながら話した内容に嘘や偽りはなかったと思う。

約10年後。

その学年主任に電話して、その学年で起こった重大なことを覚えているかを聞いた。

彼は、その話にびっくりした様子で全く覚えていないと言った。

私には、その言葉が信じられなかった。

彼の電話での対応は、おおげさで不自然な感じさえした。

彼は、ある所から圧力をかけられていると察した。

ただ、彼は自分や家族を守ることを選んだだけだ。

私は裏切られたという思いが強く今でも残っている。

あの時、一緒に釣りをした仲間だと思っていたのだが。

信じられない気持ちが未だに消えはしない。

大きな海が前方に広がっているのが目に焼き付いて離れない。

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竹 慎一郎

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