硬式テニスの顧問をしたことがあった。
高校の教諭としてまだ、先の見えない前にのみ
突き進むしかない時代のことである。
一人の男子生徒のことは忘れられないことである。
彼のテニスは負けないテニスだった。硬式だからといって、
力任せに攻撃することはしない。確実につないで、相手のミスを
誘い出す。彼のテニスは彼にしかできないものだった。
彼に将来は何を希望しているの?と何気なく聞いたことがあった。
驚くべく答えが返ってきた。
先生、私の母は目が見えないのはご存知ですか?私は母の目を治して
やるために眼科医を目指しています。
テニス同様、歯切れのよい答えが返ってきたが、自分のチームの
1番手の家庭環境も知らずに過ごしてきたのを恥ずかしく感じたが
医学部という言葉を聞いて、それは無理だろうとまず頭によぎった。
彼のテニスなら、知っているが、成績のことは知らなかった。
根っからの田舎の少年。あか抜けないテニス少年。勉強ができる
雰囲気ではなかったのである。確か高2の頃である。私は彼の学年でも、教科担でも
なく、彼の成績など知る由はなかった。そして、彼の成績を調べてみた。
なんと学年でトップである。田舎の伝統ある進学校のトップである。
背筋が震えたのを覚えている。彼は、テニス同様、勉強でも負けてはいなかった。
彼の夢は、自分のためではなく、母のため。実現させてやりたかった。
3年生最後の高校総体、県予選、シングルスベスト8で終わった。
勉強の方は、推薦で長崎大学医学部を受験、見事合格。
彼は夢へと飛び立って行った。
もう、15年は前のことなので、もう白衣姿になっているだろう。
お母さんの目を治せるように、今もなお、負けない人生を送っているのだろう。
勝ちにいかず負けないと言うこと。
これは案外難しい。
自分との戦いになるからだ。
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