キリスト教からイスラームへ改宗した日本人女性の歩み―名古屋モスク理事・クレシ サラ好美さんの信仰と共生の物語

クレシ サラ好美
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はじめに―東海最古のモスクを支える日本人女性

名古屋の街に静かに佇む「名古屋モスク」。1998年に建てられたこの礼拝堂は、東海地区で最も古いイスラームの礼拝施設として、多くのムスリムたちの心の拠り所となっています。このモスクの設立と運営に深く関わってきたのが、現在理事を務めるクレシ サラ好美さんです。

サラさんの人生は、一般的な日本人とは異なる独特の軌跡を描いています。幼少期から熱心なキリスト教徒として育ちながら、結婚を機にイスラームに改宗。二つの異なる宗教を真摯に生きてきた経験を持つ彼女の物語は、宗教や文化の壁を超えた共生の可能性を私たちに示してくれます。

キリスト教徒としての原点

サラさんの信仰の旅は、キリスト教から始まりました。幼いころから家庭で育まれた信仰は、彼女の人格形成に大きな影響を与えたことでしょう。キリスト教の教えである隣人愛や奉仕の精神は、後の彼女の活動の基礎となっていきます。

日本において少数派であるキリスト教徒として育った経験は、おそらくサラさんに「マイノリティとして生きること」への深い理解をもたらしたはずです。この経験が、後に日本社会で生きづらさを抱えるムスリムの子どもたちへの支援活動へとつながっていくのです。

結婚と改宗―新たな信仰への扉

サラさんの人生における大きな転機は、結婚でした。パートナーとの出会いは、彼女に新しい信仰の世界への扉を開きました。イスラームへの改宗は、決して容易な決断ではなかったでしょう。長年親しんできたキリスト教の信仰から離れ、まったく異なる宗教体系を受け入れることは、大きな勇気を必要としたはずです。

しかし、サラさんはこの決断を通じて、信仰とは何か、神とは何かという根本的な問いに向き合う機会を得ました。異なる宗教であっても、唯一の神への信仰という共通点を持つキリスト教とイスラーム。両者を経験したサラさんだからこそ見えてくる宗教の本質があったのではないでしょうか。

名古屋モスク設立への道のり

1998年、東海地区初のイスラーム礼拝堂として名古屋モスクが誕生しました。この歴史的なプロジェクトに、サラさんは夫や仲間たちとともに深く関わりました。当時の日本社会において、モスクを建設することは様々な困難を伴ったことが想像できます。

地域住民への説明、資金の調達、建設地の確保など、乗り越えるべき課題は山積みだったでしょう。しかし、サラさんたちの熱意と誠実な対話によって、モスクは実現しました。日本人としてのバックグラウンドを持つサラさんの存在は、日本社会とムスリムコミュニティの架け橋として重要な役割を果たしたに違いありません。

名古屋モスクは単なる礼拝の場所ではなく、在日ムスリムたちの文化的・社会的な拠点として機能してきました。異国の地で信仰を守り続ける人々にとって、母語で語り合い、同じ信仰を持つ仲間と集える場所は、心の安らぎをもたらす貴重な空間となっています。

モスク理事としての活動と使命

現在、サラさんはモスクの理事として運営に携わり続けています。礼拝の場を維持するだけでなく、コミュニティの結束を強め、日本社会との調和を図るという多面的な役割を担っています。

モスクの運営には、様々な課題があります。施設の維持管理、イベントの企画運営、新しく日本にやってきたムスリムへのサポート、そして地域社会との関係構築など、その業務は多岐にわたります。サラさんは日本文化とイスラーム文化の両方を理解する立場から、これらの課題に取り組んでいるのです。

日本社会で生きるムスリムの子どもたちへの支援

サラさんの活動の中でも特に注目すべきは、日本社会で生きづらさを抱えるムスリムの子どもたちへの支援です。異なる文化背景を持つ子どもたちが日本の学校や社会で直面する困難は、想像以上に大きいものがあります。

給食でハラール食材を確保すること、礼拝の時間を確保すること、イスラームの祝日への配慮、そして何より周囲の無理解や偏見と向き合うこと。これらの課題に直面する子どもたちとその家族にとって、サラさんのような存在は心強い味方です。

自身もキリスト教徒という少数派として育ち、そしてイスラームという日本ではさらに少数の宗教に改宗したサラさんは、マイノリティとして生きることの困難を深く理解しています。この経験が、子どもたちへの共感と実践的なサポートの源泉となっているのです。

二つの宗教を生きる意味

サラさんの人生における最大の特徴は、キリスト教とイスラームという二つの宗教を真摯に生きてきたことです。多くの人は一つの宗教の中で信仰を深めていきますが、サラさんは二つの異なる信仰体系を経験しました。

この経験は、宗教の本質について深い洞察をもたらしたはずです。キリスト教もイスラームも、唯一神への信仰、隣人への愛、正義と慈悲の実践という共通の価値観を持っています。形式や儀礼は異なっても、人間としてどう生きるべきかという根本的な問いへの答えには共通点があります。

サラさんは二つの宗教を「捨てて」「選んだ」というより、両方の教えから学び、より深い信仰理解に到達したのではないでしょうか。改宗は信仰の否定ではなく、信仰の深化のプロセスだったと言えるかもしれません。

異文化・異宗教の共生への示唆

サラさんの生き方は、現代社会が直面する多文化共生の課題に対して、重要な示唆を与えてくれます。グローバル化が進む現代において、異なる文化や宗教的背景を持つ人々が共に生きることは避けられない現実です。

しかし、日本社会ではまだまだイスラームへの理解が不足しており、偏見や誤解も少なくありません。メディアで報じられる一部の過激な事例が、穏健で平和的な大多数のムスリムのイメージを歪めてしまっている側面もあります。

サラさんのような存在は、そうした誤解を解き、相互理解を深めるための貴重な架け橋となります。日本人でありムスリムである彼女の存在自体が、イスラームは決して「外国の」「遠い」ものではないことを示しています。

信仰を深めるということ

サラさんは信仰を深めることと、社会的な活動を両立させてきました。モスクの運営や子どもたちの支援は、単なる社会貢献活動ではなく、信仰の実践そのものなのです。

イスラームには「五行」と呼ばれる基本的な実践がありますが、それと同時に「喜捨」や「困っている人への援助」も重要な宗教的義務とされています。サラさんの活動は、まさにこうした信仰の教えを具体的な形で実践することです。

宗教とは単に儀礼を守ることだけではなく、その教えを日常生活の中で実践し、他者のために尽くすことであるという真理を、サラさんの生き方は体現しています。

「ひとりじゃない」というメッセージ

タイトルにある「ひとりじゃない」という言葉には、深い意味が込められています。異国の地で、マイノリティとして生きるムスリムたちにとって、孤立感や疎外感は大きな問題です。特に子どもたちは、学校で「普通」と違うことで悩み、傷つくこともあるでしょう。

サラさんの活動とモスクの存在は、そうした人々に「あなたはひとりじゃない」というメッセージを送り続けています。同じ信仰を持つ仲間がいること、理解してくれる人がいること、支え合えるコミュニティがあることを伝えているのです。

また、このメッセージは信仰そのものの核心でもあります。神とのつながりを持つことで、人は決してひとりではない。困難な時も、喜びの時も、常に神とともにあるという確信が、信仰者を支えます。

現代日本における宗教の役割

サラさんの活動を通じて見えてくるのは、現代日本における宗教の新しい役割です。日本は伝統的に多神教的な宗教観を持ち、排他的な一神教への理解が十分ではなかったかもしれません。しかし、グローバル化の進展により、様々な宗教的背景を持つ人々が日本社会の一員となっています。

宗教は単なる個人的な信条の問題ではなく、アイデンティティの基盤であり、コミュニティの紐帯であり、生活規範の源泉です。ムスリムにとってイスラームは人生のあらゆる側面に関わるものであり、それを理解し尊重することは、真の共生社会の実現に不可欠です。

名古屋モスクのような施設は、単なる宗教施設ではなく、文化の交流点であり、相互理解の拠点でもあります。サラさんのような人々の努力によって、日本社会は少しずつ、多様性を受け入れる社会へと変化しているのです。

おわりに―信仰と共生の未来へ

クレシ サラ好美さんの人生は、信仰の深さと人間の可能性を示す感動的な物語です。キリスト教徒として育ち、イスラームに改宗し、名古屋モスクの設立と運営に携わり、困難に直面する子どもたちを支援し続けてきた彼女の歩みは、宗教や文化の違いを超えた人間の絆の大切さを教えてくれます。

「ひとりじゃない」と信じること。それは単なる楽観的なスローガンではなく、具体的な行動とコミュニティの支えによって実現される真実です。サラさんとモスクの仲間たちは、言葉だけでなく実践を通じて、このメッセージを伝え続けています。

日本社会がより多様性を受け入れ、異なる背景を持つ人々が互いを尊重し合える社会になるために、サラさんのような橋渡し役の存在は極めて重要です。二つの宗教を真摯に生きた経験を持つ彼女だからこそ、異なるもの同士の対話と理解の可能性を体現できるのです。

信仰とは何か、共に生きるとはどういうことか。サラさんの人生は、これらの普遍的な問いに対する一つの誠実な答えを示しています。そして、その答えは今日も名古屋モスクで、子どもたちの笑顔の中で、祈りの言葉の中で、生き続けているのです。

クレシ サラ好美

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竹 慎一郎

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