はじめに:歴史から消えた女性美術家たち
新しい時代を象徴していた女性の美術家は、なぜ歴史から姿を消してしまったのか——この問いかけから始まる展覧会が、現在東京国立近代美術館で開催されています。「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」展は、戦後日本の前衛美術界で活躍しながらも、美術史から忘れ去られていった女性美術家たちに光を当てる画期的な試みです。
戦後の混乱期から高度経済成長へと向かう1950年代から60年代、日本の美術界は国際的な前衛芸術運動の影響を強く受けていました。その中で、女性美術家たちは一時期大きな脚光を浴びます。しかし、わずか数年の間に、彼女たちの多くは批評の対象から外され、美術史の表舞台から姿を消していきました。この展覧会は、その謎に迫るとともに、埋もれた才能を再評価する貴重な機会となっています。
アンフォルメル旋風と女性美術家の台頭
戦後日本の美術界を揺るがした大きな波の一つが、1956年に日本で展覧会を企画したフランスの批評家ミシェル・タピエによってもたらされた「アンフォルメル」でした。アンフォルメルとは「非定形」を意味するフランス語で、絵画から形式(フォルム)を排斥し、描く身振りと素材のマチエールを強調することにより、あらゆる絵画的伝統を否定し、描くという行為を根本から問い直そうとした試みでした。
この運動は、戦争の傷跡が残る社会において、新しい表現の可能性を模索する多くの日本人美術家たちに歓迎されました。特筆すべきは、タピエは福島秀子や田中敦子らほとんど無名だった女性美術家を積極的に取り上げ、彼女たちを新潮流の担い手として紹介したことです。当時の日本社会において、女性が芸術家として認められることは決して容易ではありませんでした。しかしアンフォルメルは、伝統的な権威や形式を否定する思想を持っていたため、性別による差別意識を相対的に弱める効果があったのです。
この時期、草間彌生、田中敦子、福島秀子をはじめとする女性美術家たちが次々と注目を集めました。彼女たちは単に時代の流行に乗っただけではなく、それぞれ独自の視点と表現方法で、戦後の新しい時代精神を体現していたのです。

「アクション」概念の導入とジェンダー秩序の揺り戻し
しかし、この状況は長くは続きませんでした。次いで「アクション・ペインティング」という様式概念が導入されると、女性美術家たちは如実に批評対象から外されてゆきます。アクション・ペインティングは、アメリカの批評家ハロルド・ローゼンバーグが1952年に提唱した概念で、絵を描く「行為(アクション)」そのものを重視する絵画様式を指します。
この概念が日本に導入されると、美術批評の焦点は大きく変化しました。豪快さや力強さといった男性性と親密な「アクション」の概念に男性批評家たちが反応し、伝統的なジェンダー秩序の揺り戻しが生じたのです。力強い筆致、ダイナミックな身体性、豪快な絵具の飛散——こうした「アクション」のイメージは、無意識のうちに男性性と結びつけられていきました。
結果として、わずか2、3年で批評対象から外されていった女性美術家たち。彼女たちの表現が評価されなくなったわけではなく、評価の基準そのものが変化したのです。この変化の背景には、戦後の民主化によって一時的に揺らいだ伝統的な性別役割分担が、経済復興とともに再び強化されていく社会状況がありました。
「アンチ・アクション」という新しい視点
本展覧会のタイトルである「アンチ・アクション」は、美術史家の中嶋泉氏が創案した概念です。中嶋は、こうした経緯を分析したうえで、女性作家たちの「アクション」への応答や挑戦を指して、「アンチ・アクション」という言葉を創案しました。
「アンチ・アクション」は、単に「アクションに反対する」という意味ではありません。むしろ、男性性と結びついた「アクション」概念とは異なる方法で、同じ時代の課題に応答した女性美術家たちの多様な実践を捉え直すための言葉なのです。
草間彌生は、アクション・ペインティング全盛期のニューヨークで、その只中に立って、その正反対の、アクション・ペインティングの否定をただちにやったと述懐しています。彼女の特徴的な反復的ドットの制作は、豪快な筆の動きとは対極にある緻密で執拗な作業でした。しかしそこには、独自の強度と説得力があったのです。
また、福島秀子は現代の「世界」に生きるものは、単に人間的であるものよりも、むしろ無機質化されたものとの、直接的な触れ合いによって、新鮮なより強い感動を受けると語り、人間的感情の直接的表現とは異なる、物質性への関心を示しました。
展覧会の見どころ
本展では草間彌生、田中敦子、福島秀子ら14名の作品およそ120点を紹介します。出品作家は、赤穴桂子、芥川(間所)紗織、榎本和子、江見絹子、草間彌生、白髪富士子、多田美波、田中敦子、田中田鶴子、田部光子、福島秀子、宮脇愛子、毛利眞美、山崎つる子の14名です。
展覧会の大きな特徴の一つは、本展のための綿密な調査により発見された宮脇愛子や赤穴桂子、多田美波の初期・未発表作品も初公開されることです。これらの作品は、作家たちが表舞台から退いた後も制作を続けていたことを示すものであり、発表されたものが作家活動の全てではないという重要な事実を明らかにしています。
展示空間も工夫されています。ライトを用いた立体作品や天井高に迫る3.3mの絵画など、新たな時代に躍り出た作家たちのダイナミックな作品が一堂に会します。田中敦子の《地獄門》は、高さ3メートルを超える大作で、ビニール塗料とアクリルを用いた鮮やかな色彩が印象的です。
また、田部光子の作品には興味深いエピソードがあります。前衛美術集団「九州派」の主要メンバーであった田部光子はフェミニズム・アートの先駆的な作品も手がけ、自身の妊娠時の経験をもとに「人工胎盤ができれば女性は本質的に解放される」という意味の言葉を残しました。彼女の1962年の《作品》では、支持体として襖、中央は半割りにしたピンポン玉で、周囲の花びら状のものはアイロンによる焦げ跡という、日常的な素材を用いた制作が行われています。これは、生活者としての女性の視点から生まれた独自の表現といえるでしょう。
多様な表現手法への注目
展覧会を通じて明らかになるのは、女性美術家たちの表現の多様性です。筆で描くという伝統的な手法だけでなく、さまざまな素材や技法が用いられています。
宮脇愛子は、1960 年頃から大理石粉を混ぜた絵具を繰り返し画面に垂らすことで制御された作品を構築しました。また、彼女の立体作品《作品》は、四角い筒状の真鍮を積み上げたもので、見る角度によって異なる表情を見せます。鑑賞者がこの作品を通して向こう側を見る時、作品の中に別世界が表れ、意外性のある視覚体験が得られます。
多田美波も同様に、歪めた半球状のアクリル樹脂の内部にアルミニウムを蒸着させて鏡のような効果を作り出し、映り込む景色を含めて作品としています。これらは1960年代に注目された「環境芸術」への応答でもありました。
毛利眞美は、フランスで学び、女性の人体をモチーフとした絵画を出発点として絵具の痕跡と絵筆の動きを見せる作品へと進んでゆきました。彼女の《裸婦(B)》(1957年)は、人体という伝統的なモチーフから抽象表現への移行を示す重要な作品です。
戦後美術史の再解釈へ
本展覧会は、単に忘れられた女性美術家を紹介するだけではありません。1950年代から60年代にかけての作品展というと重苦しい時代のイメージがあるかもしれませんが、展示されている作品はどれも前向きなエネルギーに満ちています。
2020年代以降の女性作家の再評価の流れに合わせて企画された本展は、「忘れられた女性作家」というよりもむしろ、彼女たちがいかに新しい芸術に挑戦し、生き生きと制作に取り組んでいたかがよく伝わってくる展覧会なのです。
この展覧会が投げかけるのは、美術史をどのように語るかという根本的な問いです。誰の視点で、何を基準に、どの作品を評価するのか。こうした問いは、過去の美術作品を理解するだけでなく、現代の私たちが芸術をどう見るかということにも深く関わっています。
ジェンダーという視点から戦後美術史を読み直すことで、これまで見えなかった多様な表現の豊かさが明らかになります。女性美術家たちは、男性中心の美術界において周縁化されながらも、それぞれ独自の方法で時代と向き合い、新しい美の可能性を追求していました。

おわりに:忘れられることへの抵抗
「アンチ・アクション」展は、美術史における沈黙を破る試みです。歴史から消えかけていた女性美術家たちの作品を前にすると、彼女たちがなぜ忘れ去られたのかという問いとともに、なぜ今、彼女たちを再評価する必要があるのかという問いが浮かび上がります。
それは、美術史が決して完成されたものではなく、常に書き換えられ、更新されていくものだからです。過去に見落とされたものに光を当てることで、私たちは歴史をより豊かに、より正確に理解することができます。
また、この展覧会は、現代を生きる私たちにとっても重要な示唆を与えてくれます。どのような基準で芸術を評価するのか、誰の声が聞かれ、誰の声が無視されるのか——これらは今日のアート界においても依然として重要な問題です。
東京国立近代美術館での会期は2026年2月8日まで。その後、兵庫県立美術館へと巡回します。忘れ去られかけた女性美術家たちの挑戦の軌跡を、ぜひその目で確かめてください。彼女たちの作品は、半世紀以上の時を経てもなお、私たちに新鮮な驚きと問いかけを与えてくれるはずです。
展覧会情報
- 展覧会名:アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦
- 会場:東京国立近代美術館
- 会期:2025年12月16日(火)〜2026年2月8日(日)
- 開館時間:10:00〜17:00(金・土曜は20:00まで)
- 休館日:月曜日(ただし1月12日は開館)、年末年始(12月28日〜1月1日)、1月13日
- 観覧料:一般2,000円、大学生1,200円(高校生以下および18歳未満、障害者手帳をご提示の方とその付添者1名は無料)
情報
- 兵庫県立美術館:2026年2月28日(土)〜5月6日(水・振休)[予定]

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