イングランド北西部、息をのむほど美しい湖水地方の緑の中に、「歴史ある庭の最高賞(Historic Houses Garden of the Year)」に輝いた庭がある。12世紀に起源を持つ由緒ある屋敷、ダルメイン(Dalemain)。その庭を長年手がけてきた12代当主の妻ジェーン・ハスカードさんが、肝臓がんとの闘いからようやく回復し、久しぶりに庭へと戻ってきた。久々に向き合う花々や木々は、彼女に次々と「再発見」をもたらした——。
ダルメインとは? イギリスが誇る12世紀から続く歴史的庭園
ダルメイン(Dalemain Historic House & Gardens)は、イングランド北部・カンブリア州の湖水地方、アルズウォーター湖畔に位置する壮大な邸宅と庭園の複合施設です。12世紀に城郭として建てられたのが始まりとされ、その後ノルマン様式の建築が加えられ、さらに18世紀にジョージアン様式のファサードが加わって現在の姿になりました。
現在もハスカード一族が代々受け継ぐ「生きた歴史」として一般公開されており、建物内部は当時の家具や美術品をそのままに残した貴重な空間です。しかし何よりこの地を有名にしているのは、複数の異なる「庭の顔」を持つ多彩な庭園の存在です。
◇ ダルメイン庭園 主な見どころ
- 野生のニンニクが咲き乱れるウッドランドガーデン(woodland garden)
- 中世の雰囲気を残すノット・ガーデン(knot garden)
- 高い石垣に囲まれたウォールド・ガーデン(walled kitchen garden)
- ハスカード家が代々育ててきた古代バラのコレクション
- 薬用・料理用ハーブガーデン
- 湖水地方の自然と一体化した野草の草原エリア
これらの庭が総合的に評価され、英国の歴史的建造物・庭園を管理する団体「ヒストリック・ハウシズ」の選ぶ「年間最優秀ガーデン賞(Garden of the Year)」を受賞。”イギリスで最も美しい庭”との呼び声は、決して誇張ではありません。
ジェーン・ハスカードさんとは? 庭の作り手の素顔
ダルメインの庭を数十年にわたって育ててきたのが、12代当主の妻、ジェーン・ハスカードさん。ガーデナーというよりも「庭の共同制作者」という表現が似合う彼女は、植物の知識と鋭い審美眼を持ち、ダルメインの庭を世界的に知られる名園へと磨き上げてきた立役者です。
「庭は私に多くのことを教えてくれます。土を触ること、花の声を聞くこと——それが私の生きる力になっている」
ところが3年前、ジェーンさんは肝臓がんと診断されます。治療と療養のため、長期にわたって庭仕事から離れなければなりませんでした。長年自分の「もうひとつの体の一部」のように感じてきた庭と距離を置く日々。その辛さは、身体的な病苦と同様に、精神的にも深いものがあったといいます。
病からの復帰と「庭との再会」――変わっていたもの、変わっていなかったもの
治療を経て少しずつ体力を取り戻したジェーンさんが、ついに庭への復帰を果たします。数年ぶりに見つめ直した庭は、彼女に「再発見」の連続をもたらしました。
① 傷んだヒイラギとバラの発見——見守り、決断する
庭を歩くジェーンさんが最初に気づいたのは、弱ったヒイラギ(ホリー)やバラの株の存在でした。自分が手を離れていた間に、思わぬほど傷んでいたのです。長年愛してきた古代バラの一部は、かつての勢いを失い、枝が枯れ込んでいました。
ジェーンさんは嘆くよりも、まず「観察」することから始めました。どの枝はまだ生きているか。どの株は根から救えるか。病気と闘った自分自身の経験が、そのまま植物への眼差しに重なっていったといいます。
ヒイラギに関しては、大胆な剪定で蘇生を図ることを決断。バラについては、品種によって対処法を変え、接ぎ木や新しい株の導入を検討するなど、丁寧な見極めを行いました。
② 「健康を保つ野菜」を育てるウォールド・ガーデンの再生
石垣に囲まれたキッチンガーデン(ウォールド・ガーデン)は、ダルメインの食と健康を支える心臓部です。がんの治療を経験したジェーンさんにとって、ここで育てる野菜の意味は以前とは大きく変わっていました。
抗酸化作用の高いケールやビーツ、免疫機能をサポートするとされるニンニク、消化を助けるフェンネルやジンジャーなど、「食べることで体を整える植物」への関心が一気に高まったのです。単なる食材の生産地だったキッチンガーデンが、今や彼女自身の健康を守るための「薬草の庭」のような存在になっています。
| 野菜・植物 | 注目される健康効果 | ジェーンさんのコメント |
|---|---|---|
| ケール | 抗酸化・ビタミンK・食物繊維 | 冬を越して力強く育つ姿に勇気をもらう |
| ビーツ | 血流改善・葉酸・ポリフェノール | 深い赤色が土の豊かさを教えてくれる |
| ガーリック(ニンニク) | 抗菌・免疫サポート | 秋に植えて春に収穫する──待つことの喜び |
| フェンネル | 消化促進・抗炎症 | 香りだけで気持ちが和らぐ |
③ ハーブの専門家との出会い──知識の再構築
庭への復帰にあたり、ジェーンさんが積極的に動いたのが「ハーブの専門家を探すこと」でした。ダルメインにはもともとハーブガーデンがありますが、ジェーンさん自身の病気経験から、薬用ハーブや機能性ハーブへの興味が一段と深まっていたのです。
エルダーフラワー、カモミール、エキナセア、レモンバーベナ……それぞれのハーブが持つ伝統的な用途と現代的な研究成果を改めて学び直すことで、ハーブガーデンの植栽計画を一新することを決めました。「庭を通じて人とつながり、知識を深めていく」というプロセス自体が、彼女の回復を後押しする療法になっていったようです。
「庭仕事は療法である」——ガーデンセラピーの視点から
ジェーンさんの体験は、近年注目されるガーデンセラピー(園芸療法)の効果を体現しています。土に触れること、植物の成長に責任を持つこと、自然のサイクルの中に身を置くこと——これらは科学的にも、ストレス軽減・うつ症状の緩和・免疫機能の向上などと関連していることが知られています。
「庭は正直です。手をかければ応えてくれる。でも焦りは禁物。それは病気の回復とまったく同じだと気づきました」——ジェーン・ハスカードさん
彼女が庭に戻ることができたのは、単なる「趣味の再開」ではなく、自分のペースで自然と対話しながら生を取り戻していくプロセスでした。ダルメインの庭は彼女を育て、そして彼女を癒した——そう表現しても過言ではないでしょう。
ダルメインを訪れるなら——見頃・アクセス・おすすめシーズン
ダルメインは通常、春から秋(4月〜10月上旬)にかけて一般公開されています。季節ごとに異なる表情を持つ庭は、何度訪れても新しい発見があります。
◇ 季節ごとの見どころ
- 4〜5月:ウッドランドに野生のブルーベルが広がり、チューリップやスイセンが競い咲く
- 6〜7月:古代バラが最盛期。ハーブガーデンも芳香に包まれる
- 8〜9月:キッチンガーデンで夏野菜の収穫期。マーマレードフェスティバルも開催
- 10月:紅葉と晩秋の花が織りなす落ち着いた美しさ
なお、ダルメインは毎年「ワールド・マーマレード・アワーズ&フェスティバル」の開催地としても有名で、世界中から手作りマーマレードが集まる、ほかにはないユニークなイベントも楽しめます。
まとめ|ダルメインの庭が教えてくれること
- ダルメインは12世紀に起源を持つ、湖水地方の歴史的名園。英国「年間最優秀ガーデン賞」受賞。
- 12代当主の妻ジェーンさんが庭の主な作り手。肝臓がんから回復し、庭仕事に復帰。
- 久しぶりに向き合った庭で、傷んだバラやヒイラギを発見。観察と決断で再生に着手。
- キッチンガーデンでは健康を支える野菜やハーブの栽培に新たな意味を見出す。
- ハーブの専門家を探し、植栽計画を一新。庭仕事が療法(ガーデンセラピー)として機能。
- ダルメインは春〜秋が見頃。マーマレードフェスティバルも見逃せない。

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