■事件の発端:自殺とされた夫の死
2000年、宮城県内のとある住宅で一人の男性が自宅で命を絶った。現場は密室状態、遺書も残されており、警察は「自殺」として事件性はないと判断。当時40代半ばだった男性は、地元企業に勤める会社員で、まじめで温厚な性格として知られていた。
遺されたのは妻と二人の子どもたち。悲しみにくれる一家だったが、その裏では一つの大きな「利益」が転がり込んでいた。男性には生命保険が2本掛けられており、その総額はおよそ8000万円。さらに勤務先からの退職金や弔慰金が合わせて4000万円支給され、妻のもとには総額1億2000万円が渡ったのである。
近所では「お金に困らず暮らせてよかったね」と、同情と羨望のまじった視線もあった。しかし、誰もが信じていた“自殺”は、実は恐ろしい計画殺人の結果だったのだ──。
■10年後の逮捕:別の殺人事件がきっかけに
夫の死から10年後の2010年、宮城県警が捜査していたのは、まったく別の殺人事件だった。ある女性が交際相手の男性に睡眠薬を盛り、浴室で殺害したという容疑で逮捕されたのだ。警察は容疑者の自宅や車などを家宅捜索していたが、そこで発見されたのは、思いもよらない資料だった。
それは「完全犯罪マニュアル」と題されたノート。中には過去の未解決事件の分析、自殺に見せかけて人を殺す方法などが克明に記されていた。そして、ある1件の事件に関して異様に詳しい記述があった。それが、2000年に起きた“宮城県男性自殺事件”だった。
警察はこのノートをきっかけに、当時の事件を再捜査。次第に浮かび上がってきたのは、「あの自殺は事故でも突発的な行動でもなく、明確な殺意に基づいた計画的な殺人だった」という疑いだった。そして浮上した“真犯人”は──被害者の妻だった。
■明らかになった犯行の手口
妻がどのように夫を殺害したのか?その手口は極めて巧妙だった。
第一に、犯行には「睡眠薬」が使われていた。妻は、夫が不眠を訴えていたことを利用し、医師から処方された睡眠薬を多めに与えた。夫は徐々に薬に依存するようになり、やがて妻の指示通りに服薬することに抵抗を感じなくなっていった。
事件当夜、妻は致死量に近い睡眠薬を夫に摂取させた上で、浴室で溺死させたとされている。警察は当初、浴槽での死亡について「薬の副作用による意識混濁状態での事故死(=自殺)」と判断していた。しかし、再捜査によって入浴直前に与えられた薬の量が通常の3倍以上であることや、浴槽内での身体の向き、不自然な水位などが浮かび上がってきた。
さらに妻の行動も怪しかった。事件当日の夜、妻は子どもたちを親戚宅に預けていた。これも「一人きりで実行するための計画だった」と見られている。
■なぜ警察は10年間も気づかなかったのか?
この事件の最大の謎は、「なぜ10年間もバレなかったのか?」という点である。
一つには、犯行現場があまりにも“自然”だったという点が挙げられる。密室状態、明確な外傷なし、遺書あり。そして何より、周囲の人間関係にトラブルの兆候がなかった。夫婦仲も表向きには良好で、近所の人たちも「まさかあの奥さんが…」と声を揃えた。
また、当時の捜査体制や鑑定技術も、今ほど高度ではなかった。薬物の定量分析や溺死の細かな兆候を見抜くノウハウが、現在と比較すると不足していた面も否定できない。
しかし、最も大きな要因は「動機のなさ」だった。事件当時、妻には不倫や借金などの表立った問題がなかった。むしろ、保険金や退職金を受け取ったことで「哀れな未亡人」というイメージが定着し、周囲の疑いからも外れていったのだ。
■犯行の動機は“金”だったのか?
妻が犯行に及んだ動機として、もっとも有力視されたのは「金銭目的」だった。
実際、事件後に受け取った1億2000万円をもとに、妻は生活レベルを大きく変えていた。それまでの地味な暮らしとは打って変わり、高級車の購入、ブランド品の所持、子どもたちの私立進学など、派手な生活が始まっていたという。
また、再捜査の過程で妻の通帳や資産運用記録が調べられた結果、彼女が事件直前に生命保険を増額申請していたことが明らかになった。しかも、その手続きには夫本人が立ち会ったように見せかける偽造署名まで使われていたという。
つまり、妻は明確に「金を得るために夫を殺す」という意図を持ち、そのために数ヶ月、いや数年単位で計画を立てていた可能性がある。

■裁判とその結末
2012年、妻は「殺人罪」で起訴され、仙台地裁で裁判が行われた。弁護側は「夫が自殺したもので、殺意はなかった」と主張したが、状況証拠と再検証された薬物データ、そして犯行ノートの存在が決め手となり、有罪判決が下された。
判決では懲役18年が言い渡され、妻は刑に服している。保険金については一部が遺族(子どもたち)へと返還され、残りは詐欺罪にあたる部分として国に没収された。
■終わりに:静かな街に潜んでいた“狂気”
人は見た目ではわからない──この事件ほど、その言葉の意味を思い知らされるものはないだろう。
一見平凡な主婦が、夫の命を奪い、巨額の保険金を手に入れ、10年間ものあいだ罪を隠し通してきた。その冷静さと計画性は、まさに“完全犯罪”に近かった。
だが、どれだけ時間が経っても、罪は罪である。別の事件をきっかけに真相が暴かれたことは、皮肉でありながらも「正義は遅れてやってくる」ことの証でもある。
日常の裏に潜む狂気。あなたの隣人が、もしかしたら──そう思うとき、人間という存在の怖さが浮き彫りになるのではないだろうか。
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TVの内容とは関係はないのですが、この物語は東野圭吾の最大のラヴストーリーです。おすすめです。犯罪には血が流されなくてはいけません。そう、心の傷が。
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